AMERIGO VESPUCCI(アメリゴ・ヴェスプッチ)

AMERIGO VESPUCCIの歴史

イタリア海軍最古の練習艇「アメリゴ・ヴェスプッチ」は、海軍技術者フランチェスコ・ロトゥンディの中佐が設計し、ステッラマーレ・ディ・スタビアのロイヤル・シップヤードにて 1931年に建造されました。

20世紀半ば、イタリア海軍は、海軍士官候補生の訓練のために船の近代化の問題に取り組んだ。海洋環境に最も大きな影響を与えるのは、自然の要素について最も広い知識を必要とする帆船に乗ることとされていました。

船名の由来

アメリゴ・ヴェスプッチは1454年3月9日フィレンツェで高貴で豊かな家族のもとで生まれ、父親ナスタジオは公証人でした。商業経験の後、彼はメディチ家に奉公に入り1491年後半にスペインに渡った後、クリストファーコロンブスと会いました。コロンブスと友人になったヴェスプッチは、当時イベリア 半島の船員たちと西洋の道を開いた発見の航海に惹かれました。

ヴェスプッチが行った航海の回数は不明であり、時間の経過とともにいくつかの歴史的な論争が生じています。最新の研究では、4回の航海を行い、最初の2回の航海はスペインで行われ、最後の2回の航海はポルトガル王のために行われた。とされています。

ヴェスプッチ3度目の航海で、1502年1月にリオデジャネイロ湾を発見し、南米の大西洋沿岸をグアイアナからパタゴニアまで探索しました。その航海は大きな関心を引いて、彼が探検した極端に長い海岸はアジアの一部ではなく、「新世界」であるとベスプッチ自身は確信したのです。

マーティン・ヴァルトシラーは、1507年に「Quatuor Americi Navigationes」を再出版した際、新たに発見された新世界がアメリゴ=アメリカと名づけられたのです。4回目の航海は同じルートに従わなければならなかったが、悪天候のため、ブラジル沿岸にいたとき帰国することが義務付けられたがアメリゴ・ヴェスプッチは1522年2月22日に死去しました。

アメリゴヴェスプッチ号はこのイタリアを代表する英雄といえる「アメリゴ・ヴェスプッチ」から名がついたとされています。

CANAPA AMERIGO VESPUCCI

ノスタルジックガレージが展開する「CANAPA AMERIGO VESPUCCI」のバックラインに使用している生地はセイル(帆)補修用に当時納入していたジェノバのVELERIA社が在庫していた新品デッドストックを使用しています。

CANAPAとはイタリア語でヘンプ麻の事。海水や油にも強いなま生地。なま生地は紫外線を浴びると段々白くなるのが特徴です。生地在庫に限りがあり限定生産品になります。

Nostalgic Garageは市場に媚びず、素材を活かし作り手が納得いくものだけをお届けしています。イタリアBussati社の日本における販売権は株式会社青木商店 / Nostalgic Garageが独占保有しています。イタリア・トスカーナ織といわれているBusatti社の生地を使用したオリジナル軽量バッグの販売をしています。イタリア海軍最古の練習艇「アメリゴ・ヴェスプッチ」のセイル(帆)補修用に当時納入していたジェノバのVELERIA社が在庫していた新品デッドストック生地を使用した商品をラインアップ。イタリアの豚のおもちゃを販売しています。